1953(昭和28年)42歳
1月 パリ・クルーズ画廊にて個展を開催。当時パリにいた海藤日出男、菅井汲、今井俊満、田渕安一らの助力を得て展示、オープニングにオシップ・ザッキン、ソニア・ドローネー、ジョルジュ・バタイユ、ミシェル・ラゴン、アンリ・ミショー、フィリップ・スーポーらが来訪する。
4月 南フランス・ヴァロリスのピカソのアトリエを訪ねる。
7月 日本のアヴァンギャルド芸術家約30人と滝口修造、植村鷹千代ら批評家が国際アートクラブ日本本部を結成。代表に選出される。
9月 ニューヨーク・ヒューゴ画廊にて個展を開催。
10月 日本橋・燗屋のショーウィンドウのディスプレイを担当。
同 6日東京国立博物館表慶館で開催されたルオー展の会場で解説をおこなう。これを日本テレビが生中継で放映、初めてテレビに出演する。
12月 第2回サンパウロ・ビエンナーレ展に日本代表の一人として《クリマ》等を出品。
同 『青春ピカソ』(新潮社)を刊行。
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